パザ日誌

2003年11月01日(土)

瓜生山祭2003

今日は京都造形芸術大学の学園祭「瓜生山祭2003」を見に行ってきました。一番安く、そして早く行く方法を考えてみるに、それは京阪電車一本で行く事だという結論に至ったので、その前後は歩きという事にしました。秋の良い気候で散歩にはもってこいの季節なのですが、それにしても今日はかなり暖かくて、電車も会場内もクーラーが入ってる状態でした。

出町柳から歩く途中で「喫茶 してません」という案内を出している喫茶店があって、それが「してません」という名前の喫茶店なのか、営業を停止した元喫茶店なのか、それとも喫茶店に見えるけれど実は普通の家だったりするのか……とか、そういう事を考えながら歩いてたら、結構楽しく会場に着きました。

京都造形芸術大学学園祭テーマ「マヨネーズ」

午後一時半すぎに会場に到着。造形芸術大の中に入るのは初めてだったのですが、なんと階段の多いこと。きっと山の斜面に造ってあるからだと思いますが、それにしても車いすの人とかはどうやって移動するんだろう? と思ってしまいました。どこかにエレベーターとかがあるようには見えなかったけれど、何か方法があるのでしょうね? そうじゃないとライヴ会場である体育館——多分一番上の方にある施設だと思うんですが——まで、あのP.Aの機材や楽器を階段で運ぶのは辛いですよねぇ。京都産業大学も坂が多いイメージがありますが、ここはそれ以上な気がしました。

午後二時からは直心館J22という場所で岸野雄一さんと菊地成孔さんによる講演会。菊地さんがポリリズムについての話で、岸野さんが「音楽が伝え得るもの」というお話で一時間づつ。最後にお二人の対談と質疑応答で一時間という事でした。

普段は講義にはスーツで望む事にしているのに、この日は寝坊してしまったそうでラフな格好の菊地さんの講義は、レジュメのコピーが遅れたり、聴講生のほとんどが一般聴講生だと知ってズッコケるという、京都の講義の風物詩の様なオキマリを経て始まりました(笑)。

クロノス時間とカイロス時間が出会って、その統合失調としてのポリリズムを経て、DCPRGのポスト・ポリリズムへと流れる歴史を、短い時間をググっとオーヴァーしてもなお時間切れでおしまいという内容でした。更に深い内容は、後に出版されるであろう本で……というのは、さながら河内家菊水丸の「この後続きはCDで!」というお決まりの落ちを連想させました(笑)。勿論一時間でこの深い内容を語り尽くせる訳もないですし、それでもとても興味深い講義だというのには変わりなかったので大満足でした。

菊地さんの主張としては、整数で割り切れるコスモス・ポリリズム——アフロ・ポリとかの3と4のクロス・リズム——はもうすでにポリリズムとは呼べなくて「モノ・リズム」だと。ポスト・ポリリズムは各々が違うタイムを持って、それがグルーヴしていくというポリ・グルーヴ方法を実践していくという事だと感じました。実際にデートコースの"Catch22"という曲がそういう風に演奏されています。

他にもあるんですが、まだボクの中で全然まとまってないので、その辺はポリリズムのページとかに反映させていこうかな……と、そういう感じです。

菊地さんとバトンタッチして、次は岸野雄一さんの講義。「音楽が何かを伝える事が出来るのか?」っていうのを初めて考えたのが、「題名の無い音楽会」という番組を見ていたときに紹介されたストラヴィンスキーのコメントなのだそうです。そのコメントは「音楽は音楽以外の事を表現できない」というようなものだったそうです。まぁ、その後に「では、『火の鳥』をお聴きいただきましょう……」って言われて「表現してんじゃん!」というようなツッコミも入れたそうですが(笑)、それならばその番組だって「題名あるやん!」とツッコミたくなるなぁ……と思いました(笑)。

その後例に出された桂三枝の「面積」についての音楽はとても面白かったです。音楽に合わせて桂三枝が面積についての事を説明してるんですが、これがもう最高で、特に時々叫ぶ「ワオー!」とかっていうのがツボにはまって良かったです。岸野さんは「この曲を何度聴いても、面積の事が全然頭に入らない」という例に出したのですが、確かにその通りでした。他にも色々と面白い音楽を聴かせてもらったんですが、結局印象に残るのはその人の声質であったりとかそういう事じゃないか? という事でした。

そういう話を聴いてて色々と思い出す事があったんです。一つは中学時代の音楽の授業なんですけど、何かのクラシック音楽を聴いて感想を書けと求められた事があったんです。ボクはこれが全然書けなくてですね、書いた人は帰っていい事になってたんですが、全然書けなくて最後の一人になって、しょうがなくてもうどうでも良い事を無理矢理書いて提出した事があったんです。その時にボクは音楽を聴いた感想なんてボクには書けないと思ってしまったんですね。だから他の皆が感想をスラスラと書いてるのを見て、不思議でしょうがなかったのと、自分はダメなんじゃないかと思ってしまったんです。だからストラヴィンスキーの「音楽は音楽以外の事を表現できない」っていう言葉を聴いて、とってもスッキリしたんです。そうでしょ? っていう感じで。

あとこんな事も思ったんですね。ボクが大好きなフランク・ザッパ御大の歌っていうのは、ボクは英語が全く理解できない状態で聴いているけれど、英語が理解できる人が聴いたらどうなんだろう? という事。いや、これは他人の問題ではなくて、自分の問題ですね。つまり、自分がもし英語が完全に理解出来るとしたら、やっぱり聴き方が変わるだろうか? という事です。別にザッパの政治的やエロい歌詞が嫌いというのでもないし、歌詞を見ながら曲を聴くこともするけれど、感覚的に理解出来て聴けるようになればどういう感覚なんだろう? と思ったりする事があるんです。でも岸野さんの講義を聴いてて、あぁそんな事はひょっとしたら関係ないのかも知れない……と思いましたです。そう考えてみると、普段テレビやラジオから流れてくる曲も、歌詞なんか聴いてる訳じゃないんですねボクは。日本語で理解できるにも関わらず。そう考えると、「今の曲は歌詞が何て言ってるか解らん!」なんて言ってる人もいますが、それでいいんじゃないかと思ってる部分がボクにもあるんですね。それを否定してしまうと、ボクはザッパ御大の曲を聴く資格が無い訳ですから。実際にそれでも心地よく聴ける訳ですから、それが一番大事だと思うんです。

その後、結局岸野さんの講義は、話を広げすぎて収集が着かなくなったとかで、菊地さんとの対談・質疑応答へとなだれ込んでいったのでした。内容は今日の講義内容の延長とか、どうしたらドラムが上手くなるのか? とか。菊地さんの「練習すればいいんじゃないかなぁ……」っていう答えは素晴らしい答えでしたですね(笑)。あと菊地さんはサックスを持った時から、いきなり今くらい吹けたとかそういう話もありました。


講義が終わってからゆっくりとライヴ会場の体育館へ行ったら、もうすでに一バンド目の演奏が終わりかけておりました。そして次が「栗コーダー・カルテット」。一バンド目はみんな総立ちで見てて、ステージの転換時に時間がかかってたので皆座ってたんです。次は栗コーダーだからそのまま座って聴けるからいいなぁ……と思ってステージ手前で座ってたんですが、メンバーが現れてそろそろステージが始まりそうっていう雰囲気がしだすと、おもむろに皆が立ち始めたんです。をいをい、栗コーダーやぞ! と思ってたんですが、周りがみんな総立ちの中で座って居る訳にもいかず、しょうがなく立ったんですが、その状態に一番驚いたのが栗コーダーのメンバーだった様でした(笑)。栗原さんなんか「え? 立つの?」って感じで目が点になってオロオロしてる感じで、それを見てると面白かったです(失礼)。栗原さんなんかDCPRGで出演する時は、総立ちで踊り狂ったオーディエンスの前に出てやってるのに、やっぱり栗コーダーで総立ちではやりにくいんでしょうねぇ。結局お客さんをなだめて(笑)座る事になってホッとしたんですけれど。

栗コーダー・カルテットを生で見るのは初めてだったんですが、もう本当に良かったです。NHKの「ピタゴラスイッチ」のあのテーマ曲を生で聴けたのも本当に感動したんですが、それよりもボクが一番好きな映画と言い切ってしまってもいい、ティム・バートンの「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」のテーマ曲をやってくれたのには鳥肌ものでした。前日がハロウィンだったのでタイミングもバッチリ(大学内にもハロウィンのカボチャとかがいっぱい置いてあったりして、とてもハロウィン気分だったです)。しかし、あの曲を四人——ピアニカ、サックス、ギター、チューバ——で見事に再現されたのにはビックリでした。いや、素晴らしかった!!

続いて岸野雄一&フォルティータワーズ。始まる前からP.Aのミキサーの所で岸野さんがD.Jしてたり、客席では菊地さんが寝そべってたりしてると思いきや、準備が整うと初っぱなから岸野さんが大衆演劇みたいな立ち回りで客席で踊りだして登場。音楽に合わせながら「ボクが京都で好きなのはトイレばかり……」とかって言いながら、カフェ・アンデパンダンやら六曜社や新進堂のトイレを語りだしたのにはウケました。「フグ大学」とか、歌をやめてしまったうさぎの国のバブーティが登場して一緒に踊ったり「数の数え方」という犬の歌とか、動物ものというか、講義の時もちらっと言ってましたが、ファンタジーがテーマなのですね(ファンタジーを通して良い思い出を思い出して引き出していきたいっていう事を言ってました。菊地さんは最高の性善説だと言ってましたが……)。ボクもファンタジーがテーマなので、この辺りは共感する所がありました。しかし「このままここでマットを敷いて泊まり、皆で一緒に暮らしましょう。皆でこれから家族になって、ここでなんとかしていきましょう」っていうのは大爆笑しました。

菊地さんのソプラノ・サックスはもの凄く心地よかったですが、うさぎのバブーティがステージに上がってきて踊りだしたら、居場所が無くなってマイク持って移動してたりハウったりしててテンヤワンヤしてるのも微笑ましかったです。それから最後の方では「知ってて良かったなぁ〜」とかって岸野さんの歌と一緒に口ずさんでいたりして楽しそうでしたですね。

岸野さんのパフォーマンスも、曲も、演奏も全部含めて、これだけのエンターテイメントで楽しませてくれるライヴは珍しいと思いました。是非また京都に来て欲しいと切に願います。

続いて最後のナタリーワイズ。ヴァイオリンとチェロの音が美しかったです。斉藤哲也さんのピアニカ・ソロを聴きながら、昨日の「たまの最期」のライヴでもこれ(ピアニカ)を弾いてたのかなぁ……とか考えてしまいました。

ダラダラ、長々と書いてしまって、逆に何か解らない内容になってしまいましたが、今日は一日楽しめたイヴェントでお腹いっぱいという感じでした。とにかく全ての出演ミュージシャンの皆様と、サポートされたスタッフの皆様と、企画された実行委員会の皆様に感謝感謝であります。

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