パザ日誌

2004年02月02日(月)

律動

返却日が近づいて来てるので、今借りてる「ブーレーズは語る 身振りのエクリチュール」(ピエール・ブーレーズ:著/セシル・ジリー:聞き手/笠羽映子:訳/青土社/ISBN4-7917-6075-1)を超高速でブンブンと読んでます。現代音楽の作曲家で指揮者のピエール・ブーレーズのインタヴューを本にしたものなのですが、その中のブーレーズの発言から引用。

音楽においては、クロノメーター的な時間というものは存在せず、存在するのは、柔軟な心理学的時間ですし、絶対的なダイナミックスというものもなく、相対的な値があるだけです。

初めて菊地成孔さんのリズムについての講義を聴いた時、まず「クロノス時間」と「カイロス時間」というキーワードからリズムの話が始まるのが、ボクにとっては衝撃的でした。いままでドラム・クリニックとかでリズムの話は色々と聴いてますが、そういう独特の切り口で展開したのはまったく初めてだったのでした。勿論これは、菊地さんの精神分析論を絡めた、極めてユニークな論法なのですが、それでいて音楽史と理論に裏打ちされた(ボクが言うのもおこがましすぎなのですが)至極まっとうな律動論で、目から鱗だったのです。

つい最近のpazapのリハでも感じたんですが、いつものテンポでシーケンサーを走らせてるのに、「今日は早いなぁ……」と感じたり「今日は遅いなぁ……」と感じたりするんですね。この前は体が重い感じで、クリックに付いて行くのがやっとだったりしました。ブーレーズが「クロノメーター的な時間は存在しない」と言ってますが(この発言は、会話の単なる切れ端だという事をお断りしておきます)、シーケンサーという一種のクロノメーター的時間によって成り立ってる音楽と一緒に演奏してても、実際の生演奏っていうのはやっぱり、どっちかっていうと相対的な時間感覚に近い感じがします。この狭間でシンクロしきれずに居るボクも統合失調ですかね? (いや、ただのリズム音痴です! ははは)

そうそう、この前の道場の後でパーカッション・セミナーがあって、ボクは終電に間に合う様に泣く泣く中座したのですが、初めにラテン音楽の歴史を簡単にさらってる時に気がついたのですが、ラテン音楽っていうのは初めはヨーロッパ音楽なんですね。その中に「ワルツ」っていうのが出て来て、そのワルツの音楽を聴いてたら、菊地さんの講義を思い出しまして、それと同時に恵良真理さんの日記を思い出しました。そして、その2つはまったく同じ内容なのです。

ワルツの踊りでは、男女一組になって1・2・3拍の1・2の部分で一気に加速をつけて大きく回転する。3拍めは、ほとんど次の加速のための準備であり、3拍めだけで単独の動きをすることはない。ワルツ曲のリズムも、まさにこれと同じなのだ。一人一人が「何拍めを食って・・・」など考える方法より、オケ全体がダンスをイメージし、ダンスのために演奏することが、より確実にワルツを成功させる秘訣なのだ

ウィンナ・ワルツっていうのは、2拍目をちょっと食い気味(均等にリズムを打つんじゃなくて、2拍目がちょっと早く打たれる)に演奏するので有名ですが、これは演奏の為の音楽じゃなくて、踊るための音楽だからというのですね。踊りやすい様に演奏してるのですね。菊地さんはここの所を「カイロス時間」つまり「相対的なリズム」という説明でしてました。

で、何が言いたいかっていうのがあるのではないのですが、この本を読んでて思い出した事をツラツラとメモしてみたという所なので、何のまとめも実はないのです。まぁそれが日記ってもんです(苦笑)。

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