パザ日誌


2002年12月15日 (日曜日)----すぎもとともひで

歎異抄セミナー

昨日の北山にいったときにちょっと寄ってみた「 ヴィレッジ・ヴァンガード」。もともとはニューヨークのジャズクラブの名前を取ったネーミングだと思うんですが、今や本やCDや雑貨やらのセレクトショップとして京都にも新風館、北山と2件あります(あれ、河原町オーパのは無くなったの?)。

大阪はアメ村の三角公園の近くにながーいエスカレーターに登っていく店がありますね。北山の「フリーマーケットパラダイス」の斜め向かいにあったので寄って来たのですが、本のコーナーにボクの尊敬するひろさちや先生の本が何冊かあってびっくりしましたです。良いセンスですな。やっぱり宗教学者と呼ばれてる人のなかでも、ひろ先生は明らかに個性的ですからねぇ(「先生」っていう呼び方は尊敬している場合とバカにしている場合があってややこしいのですが、もちろん尊敬の意味で書いてありますので念の為。それに孝三先生にもひろ先生にも直接教えを乞うている立場でありますので、実際にボクからしたら先生な訳です。政治家先生のようなバカにした呼び方とは訳が違いますですよ)。

今日はそのひろさちや先生の講演会に行って来ました。「きんきまんだらの会」主催のこの講演会は京都ではだいたい2ヶ月に1回くらいの割合で行なわれていて、ボクはもう5年ぐらい通っています。場所は最近は西本願寺の南隣にある 興正寺という浄土真宗興正派の本山の研修センターを借りて行なわれていて、毎回変わるゲストの講師(お寺の住職さんとか学校の先生とか)と、ひろ先生の「歎異抄セミナー」が行なわれています。

学校の教室くらいの広さの部屋で20人くらいの人数。普通の文化人の講演会ならとうてい成り立たない条件だと思うのですが、これが続けられているというのが本当に凄くて有り難い事だなぁと、参加させてもらう度に思いますです。この会に通っていてボクが面白いと思ったのは、ボクは初め2年ぐらいは一般として拝聴させていただいていて、その間に「きんきまんだらの会」への入会を一度も誘われた事が無いという事です。いや別に「きんきまんだらの会」というのは宗教教団でもなんでも無くて、ただこの「ひろ先生の講演会を拝聴して、仏教の考え方を日常生活で実践する」という目的の会なだけで、別に布教活動の必要もないのですが、それでもこういう組織なんていうのはやたら会員を集めたくなるじゃないですか、普通。街角や家にやって来て勧誘する新興宗教とはまるで正反対で、だから逆になかなか「入会します」なんて改めてこっちから言い出せずに入会が1年ぐらい遅れた程です(笑)。ちなみに会員特典は、この講演会の聴講料が安くなるのと、ひろ先生のエッセイといかが載った会報が貰えますのです。

今日は「仏教の死後観」みたいなテーマのお話しでしたが、「輪廻転生はインドの古くからの死後観で、仏教の根本は死後の世界については『考えるな!』という事だ」なんて、世間の認識とは180度違うと思われるお話しでしたです(だいたいにおいて仏教の認識は、世間と逆なものです。だって世間というのは道徳的なもので、宗教っていうのはその逆なのですから)。

こういう事をちゃんと発言する人が何でいないんだろうと不思議なんですね。仏教で言えば例えば葬式にしても仏教には本来関係ないものです。そういう事で生計をたてているお寺の住職が、そういう事を発言できる筈はないのですが、逆にそういう事が日本の仏教界を骨抜きにしてしまって、インチキ宗教が花盛りな訳ですな。こういう事を書くと「宗教は危険だ」なんて思われるのですが、宗教を持ってない危険もちゃんと考えないといけないですね。薬というのは毒にもなるものです。まぁ、資本主義なんてのも充分に宗教的だと言う事で。