だいぶ前に買ったままあんまり読んでない本を、ぱらぱらとめくってみたりした。
俺は”愛とか恋とかの歌詞”が大嫌いだ。俺が思うところ、アメリカにおいて精神的な健康を損なわせている原因の1つに挙げられるのは、人々が”恋愛の歌詞”で育つって事だ。
→The Real Frank Zappa Book(白夜書房 三沢江津子 訳)より
Zappa師匠らしい言い方ですなぁ。
でもこの意見大賛成。実はpazapの曲を作る時の暗黙の了解のなかに、「愛だの恋だのの恋愛ソング」はやらないというのがあるので、同じ考え方だなぁとビックリしてしまいました(無理矢理な英語の歌詞もね)。
今流行の曲があまり自分に合わないなぁ(というか嫌悪感さえ覚える)と思うのはこういう「恋愛ソング」のせいかもしれないです。いや、これを論じると「MacかWindowsか?」みたいな答えのない堂々回りになってしまいそうです。こういうのは個人の嗜好でどっちがいいとか悪いとかそういうもんじゃないから。だけどあまりにも「そればっかり」になっているのは異常としか思えないのはボクだけでしょうか?
少なくともボク個人としては、「そんなものはあの人たちに任せておいて、自分の好きなように」やりたいだけです。「恋愛ソングじゃなきゃ」とか「四分の四拍子でなきゃ」とか知らず知らずの内にそう思い込まされてるとしたら不幸ですよね。あ、これじゃ4/3の日誌と同じやん!
でもどっちにしても音楽やるヒトって頑固やから、「あんたもっと”こだわり”を無くした方がええんちゃう?」なんて説教がましく言ってしまったら、「ボクからしたら、あんたの方がこだわってるように見える」と言われてしまうのですね(実話)。「こだわらない事」にもこだわらないって難しいですねぇ。結局みんなこだわって生きてるからねぇ。