この前図書館で借りた伊福部昭のCDが最高に良かったので、今日も返しにいったついでにもう2枚ほど借りてきました。
今回借りたのは「伊福部 昭の芸術」というシリーズの二と三。「交響楽の世界」と「舞踏音楽の世界」であります。広上淳一指揮の日本フィルハーモニー交響楽団で、一九九五年の録音です。ライナーノートの中でご自身が、作品の演奏の機会に恵まれない事について日本のクラシック音楽界から好まれていなかったことの証明だろう
と書いておられますが、確かに伊福部さんの作品は、いかにもクラシック好きなファンには受けにくそうな感じはします。それは、これもご自身でご自分の作品が「リズムを強調する音楽である」ことを例に挙げて、近年受け入れられている理由をたとえばロック・ミュージックのおかげで
であるのかもしれないとおっしゃっているのが興味深いです。
確かに、ボクが伊福部音楽に引かれる部分は、リズミックな部分が大きいと思います(もちろんそれだけじゃないけど)。そして伊福部音楽を聴いていて感じるのは、ジャズとロックの違いのようなもの。ジャズのリズムは2拍4拍にアクセントはあるものの、ロックで例えばスネアで出される強烈なビートではないですよね。ジャズ好きな人のこの「2拍4拍のスネア」に対する嫌悪みたいな感覚が、伝統的なクラシックファンにとっての、伊福部音楽を好まない理由なのかもしれないと、個人的には感じました。クラシックの場合、それ以前に「現代曲が嫌い」という壁も非常に大きいと思うのですが。
図書館の後は久しぶりに京都駅へ。そのついでに京都駅ビルの The CUBEの地下一階に三省堂書店がオープンしてたので、ちょっと覗きに。 ここだけに限ったこっちゃないですが、自分のバッグを平積みの本の上に置いて、本を読んでる人が目に付きます。今日は全て女性。ブランドものの高い、大切なバッグかも知れませんが、そんな事をしてる人はどんなに知的に見える奇麗な女性でも、ただの「アホな女」に見えますね。ボクは時間がある時は、こういう人の横に行って、興味なんか無いのに、いかにもそのバッグの下の本がみたいようなプレッシャーを掛けてみたりする意地の悪い男ですが(笑)、こういうのもアホですかね? 同じ事を三谷幸喜さんのエッセイで読んで、非常に共感した記憶がありますが、三谷さんの場合は更に、閉じた傘を横に持って振りながら歩いてる人の後ろで「あ、痛!」なんて言うそうなので、ボクよりはかなり意地悪な様です(笑)。