パザ日誌


2003年9月30日 (火曜日)----すぎもとともひで

エスカレート

つかこうへい氏の文章で一番印象に残ってるのは、高校の頃に読んだ小説(確か『ハゲ・デブ殺人事件』だったと思います)のあとがきか何かで書いてあったものでした。新聞の見出しに「美人看護婦が殺害される」(こまかい記述は忘れましたが)という様な記述があるのを批判したもので、「それじゃあ、ブスが殺されたら『ブス看護婦が殺害される』と書くのか!」っていう様なものでした。こういう発想の面白さと痛快さに惹かれて、つか作品の虜になったのでした。

そういう事をふと思い出したのは、『高校生のための実践演劇講座 第3巻 演出論・演技論篇』(監修:つかこうへい/協力:北区つかこうへい劇団/白水社/ISBN4-560-03557-1)を読んだからでした。

この本は、芝居を志す人の為に「熱海殺人事件スペシャル一時間バージョン」の戯曲に、つか氏の解説が要所要所で入ったものです。この戯曲の中にブスに権利があるか!とか、ブスだったら多少刑が軽くなるなんて日本の法律は進歩的じゃないのよとか、ちょっと差別的だ----と誤解を受けかねない台詞が色々と出てくるのです。勿論これはパラドックスな訳で、全体で見ればそれは分かる訳ですけれど。

これは「美人が殺害される」という新聞の見出しが、そのままで「ブスが殺害される」というのと、さかさまに引っくり返しただけの同じ意味だというのを、もしくは、いずれ実際に「ブスが」という見出しが出るんじゃないかというのを逆説的に批判したものだと思います。表現方法としてボク的にはこの裏っかえしの方法は大好きで、ストレートに批判するよりも逆に効果があると思うのですが、やっぱり批判も多かったのだしょうね。

ボクは前からあるストーリーを持っていて、これはボクが小説とか戯曲を書く能力がないので実現してないんですが、物語のアイデアは持ってるものがあるんです。それはこういう話です。

「ある人が交通事故で脳死になって、事前の本人の意思もあり、かつ遺族も了承したので臓器を提供する事になった。提供した男は健康になり、その後何かのキッカケで殺人を犯してしまう。風の噂でその事実を知ってしまった臓器提供者の遺族は、そんな非道な事をするやつだと知ってたら提供に了承はしなかった。だから提供した臓器を返してくれ----という裁判を起こして認められ、臓器は遺族に返還された」と、こういう分かりやすい話なんです。物語に出来ないにしても、これをラジオのニュース風にして、わざわざ美しいインストの曲の後ろで淡々と流したりしようと思っていたのでした。

最近、図書館でつかこうへい氏をゲストに迎えた対談を読んでいたら、(何年か前の対談の様でしたが)すでにそういうケースが実際に起こったのだとかいう話が話題になってました。正確ではないですが、だいたいこんな感じです。アメリカかどこかの夫婦が居て、夫が病気の妻に腎臓を提供した所、元気になった妻が浮気をしたので、それに怒った夫が離婚と肝臓の返還を求めて訴訟を起こした----とか、そういう話でした。つか氏は芝居は現代を批判していく責任があるのに、今は現実社会の方が先に行ってしまって追い付いてない----みたいなコメントをしてたと思います(すいません、うろ覚えですが)。

そのうち日本でもこういうニュースを聞く日が、そう遠くない未来にやってくるんじゃないかと思ってしまいます。臓器移植の件でもうひとつ思い出しましたが、何年か前にひろさちや先生が講演会で、「脳死者に『死』を認めた後に待ってるのはボケ老人です。そのうち『ボケ老人は殺しても良い』という風にエスカレートするでしょう」という様な事を言われた事があったのです。流石にそんな事まではする訳ないだろう----と思ったんですが、その何日か後の新聞の一面に「痴呆症に安楽死を認める法案が提案された」みたいな記事が実際にあって、ヘナヘナと腰を抜かしそうになった事がありました。その後にその案はどうなったのか知りませんが、面白い冗談だね、あはははは----と笑ってるうちに現実に実施される日が訪れるのかも知れません。

まさに事実は小説より奇なり----ですね。これこそ、まさにホラー小説です。