パザ日誌


2008年6月29日 (日曜日)----すぎもとともひで

瞬間

おーいお茶の俳句

ライヴの日でありますが、昨夜はなんか寝付きが悪かったのですよ。緊張して......という事は、もうこの歳ならありません。昔はかなりの緊張しぃでして、食事も喉を通らないくらいだったっていうのは、ここには何回も書いたような気がするのですが、つまりこれも老化現象のひとつなのではないかと、今気付きました。

いや、そうじゃなくて、昨日バンドでスタジオに入った後、スタジオの待合室でいつものように温かいほうじ茶を頂いたのですが、このティーバッグの包装容器に書いてあった川柳が気になってです。

眠たいと 思った瞬間 鳥になる

第十二回お〜いお茶新俳句大賞中学生部門受賞作品のようなのですが、意味がなかなかおっちゃんには理解できません。それが悪いという訳では勿論なくて、ワタシは大好きです。こういうのは後々尾を引いて、色々と考えてしまいますね。なんせ思った瞬間に鳥になるのですよ。この『瞬間に鳥になる』というポイントが好きです。寝たら鳥になる訳じゃなくて、眠くなったその瞬間に鳥になる訳です。親鸞聖人の『歎異抄』の冒頭の一節を、何故だか思い出してしまいました。

弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて、念仏まうさんとおもひたつこころのをこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。

京都に百万遍という地名がありますが、百万遍、つまり百万回念仏を唱えるという意味から来てる訳です。『南無阿弥陀仏』と念仏すれば救われるという法然上人の浄土宗の考え方ですが、親鸞聖人は念仏しようと思った瞬間にもう救われている。つまり、実際に念仏を唱える事もないという、究極の考え方にまでいってしまったのですが、そういう事まで考えてしまって、夕べは寝付きが悪かった訳です(苦笑)。

車を運転してたりすると、たまにヒヤリハットして鳥肌が出る事がありますが、まさかそういう意味でもありますまい。きっと、かなり深い意味が『鳥になる』には含まれている筈。こういう事を30分かけて、本日はライヴで表現してみたいと思います。